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執筆ツールと原稿の体裁

内容が固まっても、原稿はファイルとして提出できる形になっていなければ受け取ってもらえません。 そして体裁を整える作業は、たいてい締切の直前、いちばん疲れているときに回ってきます。 書き始める前に決めておくと後が楽になることを、ここにまとめておきます。

LaTeX か Word か

まず、研究室や投稿先が配っているテンプレートに従う のが基本です。 選択の余地がないことも多く、その場合はここで悩む必要はありません。

自分で選べるなら、判断材料は二つです。 数式や参考文献が多い原稿なら LaTeX が向きます。 数式の組版、図表番号や引用の自動採番、参考文献の整形を、機械に任せられます。 一方、共著者や指導教員が Word しか使わないなら Word です。 赤入れは変更履歴とコメントで返ってくるのが普通なので、そのやりとりのしやすさは、組版の美しさより効いてきます。 僕の周りでも、LaTeX で書き始めたのに指導教員とのやりとりのために Word へ移す、という手戻りを何度か見ました。 どちらを使うかより、最初に決めて途中で変えない ことのほうが大事です。

共同編集とバージョン管理

Overleaf のようなブラウザ上の LaTeX 環境を使うと、環境構築でつまずく時間がなくなり、共著者と同じ原稿を同時に編集できます。 大学や研究室が契約している場合があるので、確認してみてください。

どの環境を使うにしても、過去の版に戻せる状態にしておいてください。 thesis_final.docx thesis_final2.docx thesis_final_修正版.docx という並びは、一週間後の自分にはもう区別できません。 最低限、thesis_20260115.docx のように日付を入れた命名にして、上書きせずに増やしていく。 git を使えるなら、原稿もリポジトリに入れるのがいちばん確実です。 LaTeX のソースはテキストなので、どこをいつ変えたかが差分として読めます。 「指導教員に見せた版に戻したい」という場面で、これは本当に助かります。

Word で赤入れをもらっている場合は、変更履歴とコメントが残ったまま提出しないよう気をつけてください。 反映し終えたら履歴を承諾し、コメントを削除してから、もう一度全体を通して見る。 指導教員のコメントが印刷された状態で製本された、という話は、笑い話では済みません。

文献管理ツールと BibTeX

参考文献は手で打たないでください。 著者名、誌名、巻号、ページ、年――項目が多く、どれか一つ間違えると読者が原典にたどり着けません。 そのうえ投稿先が変われば書式も変わるので、手で打ったリストは投稿先を変えるたびに作り直しになります。

Zotero、Mendeley、EndNote といった文献管理ツールに論文を登録しておくと、BibTeX ファイルや Word 用の書誌データを書き出せます。 あとはスタイルを差し替えるだけで、書式は自動で切り替わります。 ただし 引用と参考文献の扱い にも書いたとおり、自動生成された書誌情報には、データベース側の不備や登録時の入力ミスが混じります。 著者名の綴りと出版年だけは、提出前に自分の目で確かめてください。

図の形式

図は、拡大しても劣化しないベクタ形式(PDF、EPS、SVG)で作るのが基本です。 作図ツールから直接書き出せば、線も文字も鮮明なまま残ります。 写真やスクリーンショットのようにラスタ形式しか選べないものは、印刷を想定して 300 dpi 以上で用意します。 画面では十分に見える画像が、紙に印刷すると粗くなる、というのはよくあります。

それから、一度白黒で出力して確認してください。 学位論文は白黒で製本されることがありますし、査読者が白黒で印刷して読むこともあります。 色だけで系列を区別した折れ線グラフは、白黒にすると全部同じ線になります。 線種やマーカーの形も変えておけば、この問題は起きません。

図を貼った PDF を作ったあとは、文字が別のフォントに置き換わっていないかも見ておきます。 フォントが埋め込まれていない PDF は、投稿システムで弾かれることがあります。

ページ制限への詰め方

学会や雑誌の投稿では、ページ数の上限が決まっているのが普通です。 一ページ超過したときに手を出していいのは、本文のほうです。

削る先は、だいたい決まっています。 イントロダクションの一般論、同じことを二度言っている段落、図表に任せられる数値の羅列、関連研究の個別紹介。 図を小さくするのも手ですが、軸の文字が読めなくなるところまで縮めるなら、その図は載せる意味がありません。

やってはいけないのは、余白、行間、フォントサイズ、キャプションの文字サイズをテンプレートから変えることです。 多くの投稿先で規定違反にあたり、内容を読まれる前に差し戻されることがあります。 体裁を自動で検査する投稿システムも増えました。 規定は投稿先ごとに違うので、投稿規程を自分で読む のが結局いちばん早い。

提出前の機械的チェック

最後の一日は、読み直しではなく点検に使います。 内容を良くする作業はもう終わっている、という前提で、次を一つずつ潰してください。

  • すべての図表が本文から参照されていて、番号が飛んでいないか
  • 本文で引用した文献が参考文献リストにあり、リストにある文献が本文で使われているか
  • 「図??」「[?]」のような未解決の参照が残っていないか
  • 執筆中に書いた TODO やコメントが本文に残っていないか
  • ファイル名と形式が投稿規程どおりか
  • ページ数、余白、フォントが規定の範囲に収まっているか

匿名で査読する投稿先に出すなら、著者名と所属、謝辞、自分の研究を「我々の先行研究では」と書いた箇所も確認します。 PDF のプロパティに著者名が残っていることもありますし、自分の名前をファイル名に入れたまま出してしまう、というのもよくある失敗です。