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困難に立ち向かう心構え

研究は知的で創造的な営みですが、同時に、ふつうにしんどい瞬間がたくさんある仕事でもあります。先が見えない、結果が出ない、自分の問いが価値あるものか分からない、自信が持てない——こうした葛藤は、研究をしていれば誰もが一度は通る道です。むしろ僕は、「困難と無縁の研究者は存在しない」と言い切ってもいいくらいだと思っています。順調そうに見える人ほど、実はものすごく丁寧に困難と付き合っているものです。

だからこの章では、技法の話に入る前に、困難をどう受け止めるかという「心の準備運動」をしておきます。困難はある程度予測でき、ある程度パターンがある。出会う前に少しだけ言語化しておくと、出会ったときに必要以上にうろたえずに済む——そういう実用的な話としてここを書いています。

それから、本書全体の目線をひとつだけそろえておきます。研究で詰まったり手が動かなくなったりすることを、本書は 意志の強弱の問題としては扱いません 。たいていの場合、止まっているのは意志ではなく、タスクの組み立て方や、その時間と作業の組み合わせ方です。だから本書は、「もっと頑張る」よりも、「自分をよく観察して、合う仕組みを組み直す」ほうに重心を置いています。研究者が研究対象を観察するのと同じ目線を、自分自身にも向ける——その姿勢が、各章の地に流れています。

この章で扱うこと

この章は前半が 心構えの話 、後半が 詰まったときに開く実用ツール の二部構成になっています。

前半(心構え):

  • 失敗との付き合い方 — 失敗や批判を「研究という営みの一部」として捉え直す。とくに研究批判と人格否定の区別は、学生時代に誰かにちゃんと教えてもらえると、その後の研究生活がだいぶ楽になる話です。
  • 内発的動機付け — 外部からの評価がゆっくりとしか返ってこない研究という仕事を、長く続けるための燃料の話。才能ではなく、育てていくものとして扱います。

後半(実用ツール):

  • 詰まったときのセルフデバッグ・ガイド — 「手が動かない」状態に陥ったときに、自分の状態を切り分けて立て直すための診断・対処レシピ集。バグレポートを書くつもりで、自分を観察するための道具です。
  • 自己正当化パターン辞典 — 研究を始められない/続けられないとき、自分の口から出てくる「もっともらしい理由」を10パターンに整理した辞書。言葉のクセに気づくための観察ガイドです。

それから、心構えと実用の間にある話として、コラム:信頼のある場でこそ批判が生きるも置いています。

読み方の見取り図

前半の二章(失敗、内発的動機)は、研究を始める前後に一度通読しておくと、その後つまずいたときの揺らぎが小さくなります。

後半の二章(セルフデバッグ、正当化パターン)は、 困ったときに開く辞書 として書きました。冒頭からすべて読み込もうとしなくて構いません。「手が動かない」と感じた日に stuck を、「言い訳が湧いてくる」と感じた日に justification を開いてください。たぶん、修士・博士・社会人になっても役に立ちます。

最後にひとつ

研究で遭遇する困難の多くは、あなたが本気で向き合っている証拠です。正解のない問いに取り組み、自分の問いが他者にどう位置づくかを探り、未知に向かおうとする——この営みに不安が伴わないほうが、むしろ不自然です。その不安を「自分には向いていない」のサインと解釈してしまうのか、「ちゃんと向き合えている」のサインと解釈できるのか。同じ出来事の受け取り方ひとつで、研究生活の質はびっくりするほど変わります。詳しい話は、次のページから一緒に見ていきましょう。