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内発的動機付け

長期的なモチベーション管理については、第7部:モチベーション管理で詳しく扱います。ここでは内発的動機の本質について考えます。

評価が遅い世界で、なぜ走り続けられるのか

研究は、外からの評価や報酬がすぐに返ってくる営みではありません。論文を書きはじめてから世に出るまで一年や二年かかることはざらだし、その内容が分野で本当に評価されるのはさらに先の話です。フィードバックの遅さで言えば、研究はかなり過酷な部類に入る仕事です。長い期間にわたって、見えないトンネルの中を進んでいくような感覚が続くこともあります。

そんな仕事を、なぜ多くの人が続けられるのか。僕がいつも辿り着く答えのひとつが、 内発的動機付け(intrinsic motivation) です。外からのご褒美や叱責ではなく、行為そのものへの関心や喜びに支えられた動機の存在。これがあるかないかで、長い研究生活の手触りはぜんぜん違ってきます。

具体的には、こんな感情のことです。「分からなかったことが少し分かった」ときの、ささやかだけど確かな嬉しさ。「まだ誰も知らないことを、いま自分が明らかにしようとしている」という静かな高揚感。「この問いについては、たぶん地球上で僕がいちばん長く考えてきた」という、ちょっと変な誇り。こうした感情は、外から見ればとるに足らないように見えるかもしれませんが、当事者にとっては、しんどい時期を超えるための燃料になります。困難そのものを消してくれるわけではないけれど、困難の中でもう一日、もう一週間、机に向かう力をくれる類のものです。

内発的動機は、性格ではなく育つもの

「自分にはそんな気持ちは持てない」「最初から研究を心から楽しめている人とは違う」と感じる人もいると思います。けれど、内発的動機は生まれつきの性格ではなく、 ゆっくり育てていけるもの だと僕は思っています。育てるための具体的な手がかりは、たとえば次のようなことです。

自分なりの問いを立ててみること。それは最初は他人の問いの劣化コピーでもよくて、繰り返しているうちに少しずつ自分の輪郭がついてきます。次に、小さくても「意味があった」と思える手応えを、ちゃんと自分で拾うこと。研究の進歩はあまりに小さいので、意識して拾わないと素通りしてしまいます。最後に、思考や試行のプロセスのなかに、面白さを見出す癖をつけること。結果ではなく、考えている瞬間そのものに小さな楽しさを感じられるようになると、研究の燃費が一気に良くなります。

この三つを丁寧に重ねていくと、研究が少しずつ「やらされていること」から「自分ごと」に変わっていきます。最初から研究が好きだった、という人ばかりではありません。多くは、自分の問いに名前がついた瞬間に急に風景が変わる、という体験を経て、研究を「自分のもの」として引き受けていきます。

内発と外発のバランスは、人によってかなり違います。自分で見つけた問いには深く入っていけるのに、振られた作業には極端に手が動きにくい、というタイプの人もいます。これは弱さではなく性質で、性質には性質に合った付き合い方があります。具体的には、振られた課題に手をつける前に、その課題が自分のどこに繋がるのかを一度だけ自分の言葉で書き直す、という小さな一手間がよく効きます。「言われたからやる」のままでは止まっているものが、「これは自分のあの関心の延長だ」と腹に落とし直した瞬間に動き出す——こういうタイプの人には、この現象が頻発します。長期的には、この一手間がいちばんの効率化になることがあります。

動機には複数の層があっていい

もちろん、すべての行動が「好きだから」「面白いから」だけで動くわけではありません。単位が必要だからやる、締め切りがあるから書く、人に認められたいから頑張る——こうした外発的な動機も、立派に動機です。これらを否定する必要はまったくないし、現実的には、外発的動機が研究生活のかなりの部分を支えていることも事実です。

ただ、外発的動機だけに頼っていると、長期的には継続性や納得感が痩せていく傾向があります。締め切りがなくなった瞬間に手が止まってしまったり、評価されない研究に意味を見出せなくなったり。だからこそ、外的な要請のなかにも「自分なりの意味」を見つけ出す視点を持っておくと、外発と内発が互いに補い合う構造ができあがります。締め切りがあるから書くのだとしても、その締め切りに追い立てられて書くことで自分の何が更新されるのか、ということを、書き終わったあとに少しだけ振り返ってみる。それだけで、外発的動機が内発的動機を育てる栄養に変わる瞬間があります。

研究という、評価の戻りが遅い世界で生き延びるためにも、自分の中の小さな興味と好奇心の火を、丁寧に育てていく時間を取ってあげてほしいと思っています。