コラム:「断れない」から「選べる」への変化
多くの研究者が、キャリアの初期段階で「断れない人」の状態を経験します。 研究室での相談対応、学会の雑務、外部からの依頼など、 「お忙しいと思いますが」と言われると、つい「大丈夫です」と答えてしまう傾向があります。
その結果、常に忙しい状態が続くものの、肝心の研究が思うように進まない状況に陥りがちです。 毎日何かしらの用事に追われ、机に向かう時間はあっても、 深く考える時間が確保できないという課題に直面することがあります。
このような状況からの転機となるのは、多くの場合、重要な期限に間に合わなくなったときです。 重要な実験や論文執筆の期限が迫っているにも関わらず、他の用事に時間を取られ、 結果として延期を余儀なくされる体験が、時間管理への意識を変える契機となります。
このとき、「他者の時間は大切にするが、自分の時間を軽視している」という 認識のギャップに気づくことが重要です。
この気づきを得た研究者は、すべての依頼や誘いに対して 「これは本当に自分がやるべきことか?」と自問するようになります。 そして、重要度と緊急度を軸に、タスクを分類する習慣を身につけることが効果的です。
初期段階では「重要だけど緊急でない」領域の判断が困難に感じられることがあります。 論文を読む時間、新しいスキルを学ぶ時間、研究のアイデアを練る時間など、 これらは明確な締め切りがないため、つい後回しにされがちです。
しかし、これらの活動こそが研究者としての成長の核となることが、 経験を積むにつれて明らかになってきます。 緊急でない時間があるからこそ、じっくりと取り組むことができ、 その結果として本当に価値のある成果が生まれるのです。
成熟した研究者は、依頼を受ける前に「これは研究にどう貢献するか?」 「この時間を研究に使った場合と比べてどうか?」と考える習慣を持っています。 すべてを断るわけではありませんが、自分の選択に意識的になることが重要です。
「忙しい」ことと「生産的」であることは異なります。 真に重要なことに集中するためには、時として「No」と言う勇気が必要です。 それは他者への軽視ではなく、自分の研究への責任の現れなのです。
「断れない」時期も決して無駄ではありません。 多様な経験を通じて、自分にとって本当に大切なものを見極める力が養われるからです。 ただし、その状態に留まり続けては、研究者として十分な成長は期待できません。
優先順位をつけるということは、単にタスクを並び替えることではありません。 自分の価値観と向き合い、研究者としてのアイデンティティを明確にする作業なのです。