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コラム:「断れない」から「選べる」への変化

研究者としてのキャリアの初期、多くの人は「断れない人」になります。研究室での相談対応、学会の雑務、外部からの依頼。「お忙しいところ恐縮ですが」と言われると、つい「大丈夫です」と返してしまう。そういう時期は、ほとんどの研究者が一度は通ります。

その結果起きるのは、「ずっと忙しいのに、自分の研究が進まない」という妙な状態です。毎日何かには追われていて、机の前にも座っている。でも、深く考える時間がどこにも確保できていない。振り返ると「何をやっていたのか、よくわからない一週間」が積み重なっていきます。

この状態から抜けるきっかけは、たいてい「間に合わなかった」経験です。重要な実験や論文執筆の時期が迫っていたのに、他人の用事を引き受け続けて自分の仕事を後ろにずらし続けた結果、提出を諦めた——というような出来事に直面して、ようやく事の重さに気づく。「他人の時間は大事にしていたのに、自分の時間はまったく尊重していなかったんだな」と腑に落ちる瞬間です。

そうした経験以後、依頼や誘いを受けるときに、一呼吸置けるようになります。「これは自分がやるべきことなのか」「今やっている研究と比べて、どちらが重要か」と問い直す。もちろん、すべてを断るわけではありません。受けた方がよい依頼も、もちろんたくさんあります。でも、 反射的にイエスと言うのをやめるだけで、時間の使い方はずいぶん変わる 、というのが多くの研究者の実感です。

最初は、「重要だけど緊急でない」領域の判断がいちばん難しく感じます。論文を読む時間、次のテーマを練る時間、スキルを学ぶ時間。どれも、誰も催促してくれません。だから、受け身で過ごしていると絶対に訪れない。でも、経験を重ねるほど、 ここに投じた時間がその後の研究の中身を決めている 、という実感が強くなっていきます。

「忙しい」ことと「生産的」であることは違います。忙しさは雑務でもつくれますが、生産的であることは自分で選ばないと手に入りません。だから、ときどき「No」と言う必要があります。 それは相手への軽視ではなく、自分の研究に対する責任の取り方 です。

とはいえ、「断れない」時期が無駄だったとは、僕は思いません。いろんなことを引き受けたからこそ、何が自分にとって大事で、何がそうでないかの感覚が育ちます。ただ、そこに居続けると、研究者としての軸は育ちにくい。どこかのタイミングで、「選べる側」に移る必要があるのです。

優先順位をつけるというのは、タスクを並び替える作業ではなく、 自分は何に時間を使う人間なのかを決める作業 だと、僕は思っています。