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コラム:「書けない」から「書ける」への転換点

多くの研究者が、深刻な「書けない」状態を経験します。 研究データは十分にあり、分析結果も興味深いのに、いざ論文を書こうとすると筆がまったく進まない。 パソコンの前に座って、真っ白な画面を見つめること数時間。 「イントロをどう書き始めれば…」「この結果をどう説明すれば…」と考えているうちに、一日が終わっている――珍しくない風景です。 僕も学生時代、まったく同じ景色を見ていました。 しかも何度も、何日も、何週間も。

「他の人はどうやって論文を書いているんだろう」と疑問を抱いて、指導教員に相談する人も多いと思います。 僕も同じ相談をしました。 「論文を書くのが怖いんです。完璧でない文章を書くのが不安で…」と。

返ってきた答えは、意外にも単純なものでした。 「最初から完璧な論文を書こうとするから書けない。まずは思ったことを、とにかく文字にしてみなさい」 僕は最初、その答えに少しがっかりしました。 何か魔法のような技法を期待していたからです。 でも、半信半疑で実践してみて、それが実は本物の処方箋だったと気づくのに、そんなに時間はかかりませんでした。

「でも学術論文なので、きちんとした文章でないと…」という反応に対して、指導教員はこう続けました。 「『きちんとした文章』は最後に作るもの。最初は自分にしか理解できないメモでもいいから、思考を言葉にする練習をしよう」と。 このアドバイスを受けて執筆スタイルが劇的に変わる学生を、僕は今も研究室で何人も見ています。 「論文を書く」のではなく、「自分の研究について自分に説明する」という気持ちで文字を打ち始める。 それだけで、画面に向かう時間の質が変わります。

実際にどう書くかというと、こんな調子です。 「この実験では○○を調べようと思った。なぜなら△△だから。結果は××だった。これは面白い。なぜなら…」 口語的でインフォーマルな文章から始めて、思考の流れに沿って書いていく。 論文の体裁を気にしない、引用形式を気にしない、丁寧語かどうかも気にしない。 ただ、頭の中にある研究の理解を、文字として外に出す作業に集中する。

驚くべきことに、この「雑談調」の文章はどんどん書けます。 一度書き始めると次々にアイデアが浮かび、気づけば数ページのメモができている、ということが起こる。 僕自身もこのスタイルで、書き始めの一時間で5000字書けた経験があります。 それまで何時間かけても一文も書けなかったのに、です。 書けない原因は、文章力ではなく、「完璧であろうとする心理」だった、ということが分かります。

このメモをもとに、今度は「読者に説明する」つもりで書き直します。 専門用語を加え、論理的に整理し、先行研究との関連を明確にする。 この段階では書くべき内容がすでに明確なので、作業としては翻訳に近い感覚になります。 ゼロからの創作ではなく、既にあるものを学術的な体裁に変換する作業――こうなれば、難易度は一気に下がる。

この経験をすると、論文執筆が「思考 → 言語化 → 構造化 → 洗練」という段階的なプロセスだと実感できます。 一度にすべてを完璧にしようとするから、身動きが取れなくなる。 段階を分けて、各段階で求められるスキルが違うと知ると、心理的な負荷も大きく下がります。

効果的な執筆プロセスは、たとえばこう整理できます。 第一段階で、「自分への説明」として、思ったことを自由に書く。 第二段階で、読者を意識して、論理的な構成に整理する。 第三段階で、学術的な表現に洗練し、引用や図表を整える。 第四段階で、声に出して読み、流れと表現をチェックする。 段階ごとに頭の使い方が違うので、一つずつ集中して取り組めます。

もう一つ大事なのが、「完璧でない文章を書く勇気」です。 最初のドラフトは誰にも見せるものではありません。 思考の下書きとして、自由に、時には乱暴に書いてもいい。 僕は今でも、初稿は人に見せられない代物です。 それでも、初稿があるからこそ、二稿、三稿と磨けるのです。 初稿が存在しなければ、磨くべき素材がない。 「下手な初稿を書く勇気」が、論文執筆の最初の関門だと、僕は思っています。

この考え方の転換で、「書けない」ことへの恐怖は薄れていきます。 むしろ、書くことが思考を整理し、新しいアイデアを生む創造的な作業だと感じられるようになる。 論文執筆を「結果を文字に変換する作業」ではなく、「書きながら考える営み」として捉え直すと、執筆中に新しい発見が生まれることすらあります。

大事なのは、まず書いてみること。完璧でなくていいから、思考を言葉にする練習から始める。 執筆は技術ですが、それ以前に勇気の問題でもあります。 不完全でも書き始める勇気があれば、必ず「書ける」ようになる。 真っ白な画面の前で固まっているなら、まずは独り言を書く感覚で、最初の一行を打ってみてください。 そこからが本番です。