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研究者の人生のパス

このページは、前章「研究者になるという選択」で扱った「制度上のステージ別の研究者像」を踏まえて、 制度を超えた多様な研究者のあり方 に焦点を当てます。

研究者の役割と求められる資質については、第2部:研究者とは何かで詳しく解説しています。

一本道ではないキャリアの時代に

少し前まで、「研究者になる」という言葉は、博士課程に進んで大学に職を得て、研究と教育に専念する——そんな比較的明確な一本道のように語られることが多くありました。学位を取って助教になり、准教授になり、教授になる、という上昇のレールが、ある程度はっきりと見えていた時代です。

ところがいま、そのパスは大きく多様化しています。博士号を取得した後に企業で研究を続ける人がいる。博士課程を経ずに、修士修了で研究支援職や開発職に就いて、現場で研究的な仕事をしている人がいる。海外に研究拠点を持ちながら、プロジェクト単位で複数機関を渡り歩く人がいる。常勤ポストを持たずに、いくつかの組織を横断しながら知的活動を続けている人もいる。それぞれの選択には固有の強みと弱みがあって、もはや「正解の道」と言えるものはなくなっています。

こうした実践の広がりが意味しているのは、研究者という存在が、組織や制度の枠組みだけでは語りきれない生き方そのものになりつつある、ということです。良くも悪くも、研究者であるかどうかを保証してくれる単一のラベルはもう存在しない。だからこそ、「自分は研究者だ」という自己定義を、自分の中でどう持つかが、より大事になってきています。

「研究者として生きる」をどう定義するか

この本では、「研究者として生きる」ということを、次のように広めに捉えたいと思います。すなわち、 問いを持ち、その問いに向かって思考と行動を続けていく姿勢を、人生の軸のひとつとして選び取ること 。この定義は意識的に広く取っています。なぜなら、いまの時代に研究者の輪郭をあまり狭く設定してしまうと、現実に研究的な仕事をしている多くの人たちを、視界の外に追いやってしまうからです。

この定義に従えば、研究者として生きることは、必ずしも大学に残ることや研究職に就くことだけを意味しません。ビジネスの現場でリサーチャーとして活動する、教育や政策領域で調査と理論を活かす、個人の表現活動として研究的な探究を続ける——どれも立派な「研究者の人生」のひとつのかたちです。研究者の人生は、いまや「問いをどう持ち続けるか」という選択によって開かれる、複数のレイヤーを持っています。どのレイヤーに自分の重心を置くかは、人生のフェーズによって変わってもいいし、複数のレイヤーをパラレルに走らせてもいい。

揺らぎや分岐は、研究者らしさと矛盾しない

もちろん、研究者としての人生には、制度上のステップや現実的な制約もあります。博士進学の判断、博士課程のなかでの進路決定、ポスドクや任期付き職の継続性、研究と生活・家族・地域社会との両立——これらは一つひとつが大きな判断で、しかも将来の不確定性を伴います。学振が取れるかどうか、ポストが空くかどうか、家庭の事情がどう動くか。コントロールできない変数だらけです。

それでも、「成功するルート」が一本しかないわけではない、ということは、何度でも言っておきたいと思います。むしろ、キャリアの途中で方向転換したり、分岐したりしながらも、問いを持ち続けることで結果として研究者であり続ける人を、僕はたくさん見てきました。企業研究職からアカデミアに戻る人、フルタイム研究職ではなくパラレルな実践者として動く人、一時的に研究を完全に離れたあとで再び問いに立ち戻る人。彼らに共通しているのは、ルートそのものを死守したのではなく、自分の中の問いを死守した、ということです。

こうした選択肢を例外として排除するのではなく、研究者として生きることの持続可能性を、自分の状況に合わせて再定義しながら模索していく姿勢——これが、これからの研究者にとっての大事な力なのかもしれません。完璧なロールモデルを真似することよりも、自分なりのバージョンを少しずつ組み立てていくほうが、長く続く道だと思います。

研究を続けることを支えるもの

研究は孤独で、不安定で、成果の見えづらい営みです。そんな仕事を、それでも続けようとする人が後を絶たないのはなぜか。僕がいくつかの世代の研究者を観察してきて感じるのは、その根っこにはおおよそ次のような感覚があるということです。まだ語られていない世界を、自分の言葉で記述したいという思い。誰かの問いに応答することの喜び。自分の問いが、いつか誰かの人生とつながるかもしれないという、根拠の薄い、けれど確かな希望。

これらはいずれも、知識そのものというより、「知と関係性」に根ざしたモチベーションです。研究は孤独な作業のように見えて、実は他者との関係性のなかで初めて成立するものなので、この「知と関係性」のセットを自分のなかで再生産できるかどうかが、研究を続けられるかどうかをかなりの程度決めている気がしています。

そしてもうひとつ、それを支えてくれるのが、自分のことを研究者として見てくれる人がいる、という実感です。仲間、メンター、読者、学生、家族——立場はさまざまですが、彼らとの関係のなかで、「問い続けている自分」を信じられるようになっていく。これは個人の意志の問題というより、関係性の中で育つ自己像の問題です。だから、研究を続けるためには、研究そのものへの集中だけでなく、それを支える関係性をどう育てるかも、長い目で見るとかなり重要な投資になります。

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