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「研究者」になるという選択

「研究者になる」とはどういうことか?

「研究者になる」という言葉を聞いたとき、どんなイメージを思い浮かべるでしょうか? 大学の教員? 研究所の職員? 白衣を着てラボで働く人? それとも論文を日々書き続けている人?

たしかにそれらは、いずれも研究者の一つの姿です。 けれど、ここで強調しておきたいのは、 研究者であるかどうかは「職業」だけでは決まらない ということです。

大学の学部生であっても、卒業研究に取り組む時点で、あなたはすでに「研究者」です。 修士課程であれ、博士課程であれ、さらにはアカデミアや企業に進んだ先でも、 研究者であることは、何を問い、どう向き合うかという「態度」や「姿勢」の問題でもある のです。

この章では、学生から職業としての研究者に至るまで、 研究者のマインドと、その多様なかたち を段階的に整理しながら、それぞれのメリットとチャレンジについて考えていきます。

学部生としての研究者

卒業研究は、大学教育の中でもっとも研究者的な態度が問われる場です。

  • 自分でテーマを決める
  • 自分の問いを探す
  • 先行研究を読み、方法を選ぶ
  • 結果をまとめ、発表する

これらはすべて、研究者の基本動作です。 つまり、 たとえ1年間であっても、学部生は「小さな研究者」になれるのです。

ただし重要なのは、「卒業研究を受講する学生」として過ごすのか、あるいは 「卒業研究を通して研究に取り組む駆け出しの研究者」として自覚を持つのか という分かれ道に、すでに立っているということです。

この違いは、研究への取り組み方だけでなく、学びの深さや充実感、成長のスピードに大きな影響を与えます。 一人前ではなくとも、 学部4年生の時点から、一人の研究者として歩み始めることが求められている のです。

この期間で得られる最大の学びは、「問いを持つとはどういうことか」を身体感覚として理解できること。 それは今後どんな道に進んでも、思考と行動のベースになります。

メリット

  • 初めて「自分の問い」を持ち、仮説や根拠という論理的態度を実感できる
  • 批判と対話の文化に触れることで、知的共同体の一員としての自覚が育つ
  • 成果が小さくても、自分の問いに向き合った実感が得られる

チャレンジ

  • 正解のない状況に慣れておらず、迷いや不安が強く出る
  • 指導教員との関係性に影響されやすく、自己裁量の感覚を掴みにくい

修士課程における研究者

修士課程では、より専門的な領域での研究が求められます。 自分の問いを先行研究の中に位置づけ、 他者にとっても意味のある問いへと整えていくプロセス が中心になります。

また、研究室内のゼミや学会など、 知的コミュニケーションの場に積極的に参加しはじめる時期 でもあります。

メリット

  • 自分の研究が「社会の中の問い」と接続しているという実感が得られる
  • 分野ごとの慣習や理論に精通し、批判的な対話に加われるようになる
  • 単なる知識の再生産を超えた、独自性のある問いが見え始める

チャレンジ

  • テーマ設定の難しさ(広すぎても狭すぎても破綻する)
  • 構想・計画・執筆・修正のサイクルに耐える思考体力が必要になる
  • 限られた期間の中で成果を出すことに焦りが生まれやすい

博士課程における研究者

博士課程は、研究者としての「自己設計」が本格的に始まるステージです。 問いを立て、方法を選び、成果を発表し、批判を受け、再構築する。 このサイクルを 自律的にまわす力 が求められます。

さらに、教えること(TA・RAなど)や他者の研究にコメントする場面も増え、 知的な支援者としての役割も同時に担うようになります。

メリット

  • 研究の構造と文化を内側から理解できる
  • 独創的な研究を深め、専門分野に貢献する可能性が現実味を帯びてくる
  • 知の共同体の中で、自らの立場や問いを言語化する力がつく

チャレンジ

  • 経済的・心理的に孤独になりやすく、自律性と支援のバランスが重要
  • モチベーション管理や時間の使い方に高い自己統制が求められる
  • 成果主義的な競争にさらされ、比較によって疲弊しやすい

職業としての研究者

アカデミアや企業、公共研究機関などで、研究を職業として担う段階。 「研究者として生きていく」とは、単に問いを深めるだけでなく、 資金・人材・社会との関係を設計する存在になる ということでもあります。

また、 教育者・管理者・実務者としての顔も増える ため、純粋に「考える時間」をどう確保するかが課題にもなってきます。

メリット

  • 専門性を軸にした生涯の探究と貢献が可能になる
  • 知の公共性に触れながら、社会に影響を与える実感が得られる
  • 学生や後進と関わることで、問いが更新され続ける

チャレンジ

  • 成果主義的な評価構造と不安定な雇用条件にさらされることもある
  • 研究以外の業務(審査・授業・事務)との両立が必要
  • 「続けること」そのものが努力と工夫の対象になる

本章のまとめ

  • 「研究者になる」ということは、職業的な肩書き以上に、 自分の問いを持ち、考え抜こうとする知的な姿勢の選択 である。
  • 学部・修士・博士・職業の各段階で求められる資質や挑戦は異なるが、いずれも研究者としての成長のプロセスを含んでいる。
  • 小さな問いであっても、 自分の問いを持つことが「研究者として生きる」最初の一歩 である。