研究で実際に起きること
研究は知的で創造的な営みですが、同時に、ふつうにしんどい瞬間がたくさんある仕事でもあります。ただ、「困難がある」と言われても、まだ始めていない人にはピンとこないはずです。なので先に、実際に何が起きるのかを並べておきます。
どれも、研究室に入った人のほとんどが通ります。順調そうに見える先輩も、たいてい全部通ってきています。
| 起きること | 最初はこう感じる | 扱っている場所 |
|---|---|---|
| 論文が読み通せない。1本に3時間かかって、読み終えても何も残らない | 自分の頭が悪いのではないか | 関連研究の探し方・読み方 |
| ゼミで何を議論しているのか分からない。用語の半分も追えない | ここにいていいのだろうか | 未知に向き合う態度、ゼミ・研究室内の議論 |
| 何をすればいいのか分からないまま一週間が過ぎる | 指導教員に「何も進んでいません」と言いに行けない | メンターとの対話 |
| 実験や実装が動かない。三週間、同じところで止まっている | 向いていないのかもしれない | 詰まったときのセルフデバッグ・ガイド |
| 机に向かっても手が動かない。気づくと別のことをしている | 自分は怠けている | 詰まったときのセルフデバッグ・ガイド |
| 「まだ準備が足りないから」と言って、着手を先延ばしにしている | 言っていることは正しいはずなのに進まない | 自己正当化パターン辞典 |
| 自分のテーマが小さく、意味のないものに見える | こんなことをやって何になるのか | あなたにとっての研究 |
| 発表で質問に答えられなかった | 準備不足を見抜かれた | 口頭発表(オーラル) |
| 書き始められない。一文字も進まない日が続く | 書く才能がない | コラム:「書けない」から「書ける」への転換点 |
| 投稿した論文が落ちる。厳しいコメントが返ってくる | 否定された | 失敗との付き合い方、採択・リジェクトから学ぶ |
| 成果が出ない時期が長く続き、何のためにやっているか分からなくなる | もう終わりにしたい | 内発的動機付け、モチベーション管理 |
この表は、あとで戻ってくるためのものです。いま全部読む必要はありません。実際にその状態になったときに、該当する行から入ってください。
本書の目線をひとつだけ
ここで、本書全体の目線を揃えておきます。研究で詰まったり手が動かなくなったりすることを、本書は 意志の強弱の問題としては扱いません 。
たいていの場合、止まっているのは意志ではなく、タスクの組み立て方や、時間帯と作業の組み合わせ方です。だから本書は、「もっと頑張る」よりも、「自分をよく観察して、自分に合う仕組みに組み直す」ほうに重心を置いています。研究者が研究対象を観察するのと同じ目線を、自分自身にも向ける。この姿勢が、各章の根底に流れています。
この章で扱うこと
上の表のうち、道具として使うもの(セルフデバッグ、自己正当化パターン辞典、モチベーション)は、実際に必要になる時期を考えて第4部に置きました。手を動かし始めてから開くほうが効くからです。
この章に残したのは、その手前にある捉え方の話です。
- 失敗との付き合い方 ― 失敗や批判を、研究という営みの一部として捉え直す。とくに研究批判と人格否定の区別は、学生のうちに誰かにちゃんと教えてもらえると、その後がだいぶ楽になります。
- 内発的動機付け ― 外部からの評価がゆっくりとしか返ってこない仕事を、長く続けるための燃料の話。才能ではなく、育てていくものとして扱います。
- コラム:信頼のある場でこそ批判が生きる ― 批判が成立する場は、どうやって作られるのか。
不安は、向き合えているサイン
研究で遭遇する困難の多くは、あなたが研究にきちんと取り組んでいるからこそ生じます。正解のない問いに取り組み、自分の問いが他者にどう位置づくかを探り、未知に向かおうとする。この営みに不安が伴わないほうが、むしろ不自然です。
その不安を「自分には向いていない」というサインと解釈してしまうのか、「ちゃんと向き合えている」というサインと解釈できるのか。同じ出来事の受け取り方ひとつで、研究生活の質はびっくりするほど変わります。