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研究者として生きる

研究者であることは、職業の肩書き以上のものです。どんな問いを大事にするか、困難にどう向き合うか、他者とどう関わるか、時間をどう使うか。これらすべてに、研究者としての姿勢がにじみ出ます。この章は、この本全体の最後の締めくくりとして、「研究者として生きるとはどういうことか」をあなたと一緒にもう一度考える場にしたいと思います。新しい技法を増やす章ではなく、ここまで歩いてきた道を振り返って、自分の足元に置き直す章です。

第1部で「なぜ研究者か」と問い、第2部で「研究とは何か」と考え、第3部で「日々の研究をどう進めるか」を見ました。第4部で時間との付き合い方を、第5部で論文と実践知を、第6部で発信と評価を、第7部でキャリアとコミュニティを扱いました。それぞれの部は独立した章のように見えますが、書きながら何度も気づいたのは、これらが結局すべて「同じ一つの姿勢」の違う面だ、ということでした。問いを立てる姿勢、未知に向き合う姿勢、書く姿勢、他者と関わる姿勢、時間を扱う姿勢。技法は変わっても、その根に流れているものは一貫しています。

ここではその「姿勢」の話を、第1部から第7部までの軸を引き受けながら、もう一度ゆっくり書いてみたいと思います。

自分なりの研究哲学を持つ

第1部で「なぜ研究者か」を考え、第2部で「研究とは何か」を考えました。そこで出した答えは、一度決めれば終わり、というものではなかったはずです。研究テーマが変わるたび、ライフステージが変わるたび、自分の答えも少しずつ書き換わっていきます。むしろ、書き換わらない答えを持っている人のほうが珍しい。

研究者として長く歩いていくと、自分なりの研究哲学のようなものが少しずつ立ち上がってきます。なぜ研究をするのか。どんな研究者でありたいのか。研究を通じて何を残したいのか。これらの問いへの答えは、論文の本数や肩書きとは別の場所で、ゆっくりと形を取っていきます。決まった瞬間が来るというよりは、ふとしたときに「最近の自分はこういうふうに考えているな」と気づく、という形で立ち現れてきます。

大事なのは、答えを固めることではなく、この問いを手放さないことだと僕は思っています。5年後、10年後の自分が違う答えを出しても構いません。むしろ、5年経っても答えが一字一句変わらないのだとしたら、その間あまり成長していないかもしれない、と疑ったほうがいいくらいです。問い続けている限り、あなたの研究はあなた自身のものであり続けます。逆に、この問いを手放した瞬間から、研究は誰かに渡された宿題のような味になっていきます。そうなる前に、年に一度くらいは自分の研究哲学を書き出してみる時間を持つといいと思います。

問いを手放さないということ

第2部で扱った「問いを立てることの意味」は、研究者であり続けるための最も基本的な動作です。問いを立てる力は、研究テーマを決めるときだけに発動するものではなくて、日常のあらゆる場面に染み込んでいます。学生の話を聞きながら、その奥にある別の問いに気づく。雑談から、まだ誰も書いていない論文の輪郭を見つける。会議のなかで、他の人が当たり前にしている前提を、ふっと疑ってみる。

研究者として生きるとは、こういう細かい問いの動作を、生活のリズムのなかに持ち続けるということだと思います。すべての問いを論文にする必要はありません。むしろ、論文にならない問いの量こそが、研究者の頭の柔らかさを支えています。第2部で「未知に向き合う態度」と書いたあの態度は、研究のなかだけのものではなく、生活全体に染み出していきます。それが研究者として生きるということの、ひとつの具体的な姿です。

情熱と持続可能性の両立

研究者の怖いところは、好きすぎるあまり燃え尽きるリスクがあることです。情熱は大事な燃料ですが、それだけで走り続けようとすると、どこかで体か心が止まります。短い距離なら情熱だけでも走れますが、研究者の人生は数十年単位のマラソンです。途中で燃え尽きると、再起動には想像以上の時間がかかります。

第4部で時間管理と休息の話をしたのは、長く研究者でいるための現実的な技術としてでした。好きなものとの距離感、他の楽しみの存在、休む勇気。これらは研究から逃げる話ではなく、研究と長く付き合うための工夫です。第4部で「研究者の1日のリアル」のコラムや「休息の質」の章を書いたのは、研究者の格好良さの裏側にある地味な調整の話を、きちんと言葉にしておきたかったからです。

短期的な成果に一喜一憂しすぎないことも効きます。論文1本の採否、競争的資金1つの当落、発表1回の出来。これらはどれも大事ですが、研究者人生の長さから見れば、一つ一つは点でしかありません。点を線にしていけるかどうかが、長期的な話です。リジェクトされた論文を直して別の場所に出し続けることのほうが、最初から通った論文1本より、研究者としての厚みを生む場面が何度もありました。第6部の「採択・リジェクトから学ぶ」で書いたことは、技法の話に見えて、実は持続可能性の話でもあります。

健康のことも書いておきたいです。睡眠、食事、運動。これらを軽んじると、必ずどこかで返ってきます。三十代までは無茶が効くのに、四十代に入ると同じ無茶ができなくなる。早めに、若いうちから、自分の身体の使い方の作法を整えておく。それは研究を犠牲にする話ではなく、長く高い質の仕事を続けるための投資です。研究の話と健康の話を、同じ口で語れる研究者でいてください。

創造と独自性を育てる

第5部と第6部で、論文の書き方や発表のスキルを詳しく扱いました。しかし技法だけで独創的な研究が生まれるわけではありません。書き方が完璧でも、書いている問いがありきたりだったら、その論文は分野のなかで埋もれます。

創造性は、異なる視点を自分のなかで掛け合わせるところから生まれてきます。異分野の論文を読むこと、専門外の人と話すこと、制約のなかで解を探すこと、直感と論理を両方使うこと。これらは訓練で伸びる筋肉のようなものです。第8部の「学び続けるということ」で書いた「広さの軸」が、ここで効いてきます。普段読まない分野の本を一冊読むこと、自分の研究と関係ないように見える映画や小説に時間を使うこと。これらは無駄な脱線ではなくて、創造性の苗床です。

独自性は、誰かと違うことをしようとして出るものではなく、「自分が本当に気になっていること」を丁寧に掘ったときに自然に出てくるものだと僕は思っています。流行を追うのと、自分の問いを追うのは、似ているようで違います。流行は、追っている最中は安心できますが、追い終わった瞬間に何も残りません。自分の問いを追うのは、最初は心細くても、続けるほどに自分の輪郭が濃くなっていきます。第2部で「あなたにとっての研究」と書いた章のテーマは、結局このことだったと、書き終わってから気づきました。

失敗を引き受ける

第1部で「失敗との付き合い方」を、第4部で「計画倒れから学ぶ」を、第6部で「リジェクトから学ぶ」を扱いました。これらはどれも、研究者として避けられない経験です。本のなかで何度も繰り返したのは、それだけ何度でもやり直す必要のある主題だからです。

失敗したとき、自分を責めすぎないこと。原因を冷静に分析すること。周囲の助けを求めること。そして何より、失敗した自分を研究者として失格だと思わないこと。これらが、長く研究を続けていくうえでの土台になります。リジェクトのメールを開いた瞬間に、自分の能力そのものが否定された気がする、という感覚は、僕にも今でも残っています。慣れません。でも、慣れないからといって毎回沈み続けるわけにもいかない。「自分」と「自分の論文」を切り分けて受け止める作業を、何度でも丁寧にやり直すしかないのだと思います。

第7部の「モチベーションを見失いかけた時」のコラムで書いたように、誰にでも低迷期はあります。低迷期は、こちらが望んでいなくてもやってきます。そのときに大事なのは、頑張り続けることではなく、初心を思い出すこと、休むこと、信頼できる人に話すことです。低迷期を抜けるための一番の近道は、しばしば「いったん研究から距離を取る」という遠回りに見える選択だったりします。

失敗をたくさん経験した研究者ほど、後輩に対して優しくなれます。これは綺麗事ではなくて、自分の失敗の痛みを記憶している人は、他人の失敗の痛みも想像できるからです。失敗は、自分一人の蓄積で終わらない、コミュニティの優しさを支える共通の財産でもあります。

他者と関わるということ

第3部で扱ったメンターとの対話、ゼミでの議論。第6部で扱った査読、フィードバック。第7部で扱ったチーム研究、共著、国際共同研究、コミュニティへの貢献。本のなかで人と関わる話は何度も出てきましたが、これらすべての根にあるのは、「研究は一人でやっているように見えて、実はずっと誰かと一緒にやっている」という事実です。

研究者として生きるとは、この「一緒にやっている」相手を大切にしながら歩くことでもあります。指導してくれた先生、議論してくれた同僚、査読してくれた知らない誰か、批判してくれた友人、雑談してくれた学生。彼らとの一回一回のやり取りが、あなたの研究と研究者としての姿勢を、少しずつ形作っていきます。

他者と関わるなかで、好きになれない相手や、噛み合わない相手も必ず出てきます。それでも、相手を尊重する作法を崩さないこと。陰で悪く言わないこと。批判するときも、人格ではなく研究の中身を対象にすること。これらは、コミュニティを長く健康に保つための、誰でもできる小さな貢献です。第7部で書いた「研究コミュニティへの貢献」の本当の根っこは、こうした日常の作法だと思っています。

社会のなかの自分を意識する

前の章で見たように、研究は社会との関わりのなかにあります。専門性を深めることと、社会に開かれていることは、対立しません。むしろ、深い専門性を持つ人ほど、他者や社会と対話する責任と機会が増えるのだと思います。専門家であることは、社会から切り離される免罪符ではなく、社会への翻訳役を担う条件です。

知識を一般の人に翻訳して届けること、政策議論にエビデンスを提供すること、次の世代を育てること。これらは研究の「おまけ」ではなく、研究者として歩いていくと自然に担うことになる役割です。最初から全部を引き受ける必要はありません。キャリアの段階に応じて、自分にできる関わり方を少しずつ増やしていく。それで十分です。第7部で書いたように、貢献の形はキャリアごとに変わっていきます。

社会との関わりは、自分の研究の意味を再確認する作業でもあります。市民講座で話したあと、ふだん使っている専門用語の傲慢さに気づくこと。共同研究の現場で、論文では捨象していた前提の重要さに気づくこと。こうした気づきが、回り回って自分の研究の質を上げます。社会への関わりは、研究の足を引っ張るどころか、研究の解像度を高めてくれる装置でもあります。

研究者であることと、一人の人間であること

最後に、どうしても伝えておきたいことがあります。あなたは研究者である前に、一人の人間です。家族がいて、友人がいて、趣味があって、身体の調子があって、心の揺らぎがある。その全部を抱えた上での、研究者です。

研究で成功することと、一人の人間として幸せであることは、対立しません。むしろ、人として豊かに暮らしている研究者のほうが、長い時間軸で見ると質の高い仕事をしていると、僕は感じています。家族との時間、友人との時間、趣味の時間、何もしない時間。これらは研究を削る要素ではなく、研究を支える要素です。第4部で扱った「趣味と研究の相乗効果」の話は、この章にもそのまま流れ込んできます。

健康を大切にしてください。人との時間を大切にしてください。研究以外の世界を持ち続けてください。研究室の外に、自分が「ただの自分」でいられる場所を必ず確保しておいてください。研究がうまくいかない時期に、その場所があなたを救ってくれます。逆に研究がうまくいっている時期にも、その場所があなたを謙虚に保ってくれます。

研究は人生を豊かにする手段の一つであって、人生そのものではありません。本末を時々確認してください。研究が人生を支配し始めたな、と感じたら、立ち止まって距離を取ってください。それは怠けではなく、長く研究者でいるための、もっとも誠実な選択です。

ここまでの軸を、もう一度

ここで、第1部から第7部までで立ててきた軸を、自分のなかでもう一度なぞっておきたいと思います。

第1部では、研究を選ぶこと自体の意味と、内発的動機、失敗との付き合い方を扱いました。第2部では、問いを立てること、未知に向き合うこと、研究者という存在の多様さを扱いました。第3部では、日々の研究の地味な積み重ねと、メンターやゼミとの対話を扱いました。第4部では、時間と優先順位、計画と休息のリアルな技法を扱いました。第5部では、論文という形式と、その背後にある思考の作法を扱いました。第6部では、発信、査読、フィードバック、リジェクトとの付き合い方を扱いました。第7部では、博士課程からキャリア、資金、共同研究、倫理、コミュニティへの貢献までを扱いました。

これらの章は、表面的にはバラバラのテーマに見えます。でもこうして並べてみると、共通しているのは「自分の問いを手放さず、誰かと一緒に、長く歩き続けるための工夫」という一本の軸です。技法はその軸を支えるための具体的な道具で、姿勢はその軸そのものです。本のなかでくり返し顔を出した「概念に名前をつけること」「積極的に生きること」「失敗を蓄積に変えること」「コミュニティへの礼儀」といったテーマは、すべてこの一本の軸の違う表情でした。

まとめ

研究者として生きるとは、問いを手放さず、学び続け、失敗を引き受け、他者と関わりながら、それでも自分のペースで歩き続けることだと思います。派手な成功譚である必要はありません。地味でも、あなた自身の色で続けていける歩み方があれば、それで十分です。

この本の最後の章として、僕があなたに言える一番大事なことはこれです。研究者としてのあなたの人生は、あなた自身のものです。どの章にも書ききれなかった、あなただけの選択と迷いと工夫のなかで、あなたの研究者人生は形づくられていきます。本に書かれた言葉は、あくまで参考の一つでしかありません。最終的に、自分の研究者像を形にするのはあなた自身の手です。

第1部から第8部まで、一緒に長い道を歩いてくれてありがとうございました。この本の役目はここで一区切りですが、あなたの研究者としての歩みは、ここから先のほうがずっと長いはずです。その歩みに、この本の声がどこかでそっと寄り添えていたら、僕が書いた意味は十分に果たされたことになります。