査読者への返答書作成
「返答書はどの粒度で書けばいいのか」「反論したい箇所がある、でも角を立てたくない」「修正箇所をどう示すのが親切か」――修正後再投稿の返答書には、独特の作法があります。論文の本文を直すのとはまた別の文芸が要求されるので、初めて書く人の多くがここで戸惑います。
返答書は、査読者との対話を文章で再現する場です。単なる修正報告ではなく、あなたが査読者の指摘をどう受け止め、何を考え、どう手を入れたかを見せる文書。査読者からすると、自分のコメントが本気で読まれて、どう活きたのかを確認する場でもあります。ここでは僕が自分の返答書でやってきた工夫と、査読者側として読んだときに「ありがたい」と感じた返答書の特徴をまとめます。
返答書には二つの役割がある
返答書の本質は、査読者との学術的対話の継続です。「コメントを受けてこう考え、こう改善した」という思考の過程を見せることで、査読者は自分の指摘が活きたことを確認できます。一方的な報告書ではなく、相手に向けた手紙として書くと、文面が自然と整います。「〇〇先生のご指摘を読んで、僕は……」と書き始めるイメージで、対話の相手として査読者を意識しながら書く。これが返答書の最初の心構えです。
もう一つの役割は、修正の透明性を担保することです。どこをどう直したかを明示することで、査読プロセスの透明性が確保されます。編集者にとっても、将来の読者にとっても、この透明性は大事です。「修正した」とだけ書いて中身を示さない返答書は、査読者の負担を著しく増やしてしまい、再査読のラウンドで悪い印象を残します。
返答書の基本構成
僕が書くときに使っている標準的な構成はこうです。まず査読者・編集者への感謝の一言から入り、全体的な修正の概要を1段落ほどで述べる。そのあと、各コメントへの個別対応を順に書いていき、査読者の指摘外で自主的に改善した点があれば最後に添える。結びの挨拶で締めくくる。これだけ守れば、読み手の負担は大きく下がります。
複数の査読者がいる場合は、査読者ごとにセクションを分けます。さらに、コメントには番号を振って、各コメントへの応答を番号で対応させます。たとえば「Reviewer 1のComment 1-1」というふうにラベルを付けて、査読者のコメントをそのまま引用したあとに自分の応答を続ける、という形式です。査読者のコメントを引用する際は、インデントやイタリック、ブロック引用などで地の文と視覚的に分けます。査読者は自分の指摘が漏れなく扱われているか確認したいので、この「番号対応」だけで信頼度が上がります。
一つひとつの応答の書き方
各コメントへの応答は、まず相手の指摘に対する短い感謝から始めます。「ご指摘ありがとうございます」「重要な点をご指摘いただきました」――紋切り型でも構いません。相手への敬意を文面に残すことが大切です。淡々と修正内容だけを並べると、機械的な文書になってしまい、査読者との対話感が失われます。
そして、何をどう変えたかを具体的に示します。「修正しました」だけでは不十分で、ページ番号、行番号、前後のテキストを示すと、査読者が対応を確認する負担が激減します。たとえば「ご指摘を受けて、第3章第2段落(p.15, line 23-28)を以下のように修正しました:修正前:『〜』 修正後:『〜』 この修正により、〇〇の点が明確になったと考えます」というふうに、修正前と修正後を並べて見せて、変更の意図まで添えるのが理想です。修正版本文でハイライトや色分けを使って変更箇所を示すのも効果的で、これがあると査読者の確認作業が一気に楽になります。
同意・部分同意・反論の書き分け
応答の文面は、対応のパターンに応じて書き分けます。同意して直した場合は、「ご指摘はまったくそのとおりです。この重要な点を見落としていました。以下のように修正し、論文の質が向上したと考えています」というふうに、素直に認める一文を先に置きます。
部分的に応じた場合は、「ご指摘のうち、〇〇については以下のように改善しました。一方で、△△については現在の〇〇という制約により完全な対応は困難ですが、代わりに□□を追加することで、部分的に同じ論点に応えています」と、応じた部分と応じなかった部分をはっきり切り分けて書きます。
反論する場合こそ、丁寧さが効いてきます。「ご指摘について慎重に検討しました。結論としては、以下の理由により現在のアプローチを維持させていただきたいと考えています」と前置きして、根拠を箇条書きで並べる。感情的な表現は避け、ただし主張は明確に書く。最後に「この点について更なる議論があれば喜んでお応えします」と対話を開いておくと、建設的な印象になります。
自主的な改善の報告と、長さのバランス
査読者に指摘されていないけれど、読み返して気づいて直した点があれば、返答書に一言書いておきます。「査読の過程で〇〇にも改善の余地があることに気づき、あわせて修正しました」――こうした自主的改善は、研究への真剣さを伝える良い材料になります。「言われたところだけ直した」という印象を残すよりも、「査読を機に全体を見直した」という印象を残すほうが、査読者の評価を上げる傾向があります。
返答書の長さは、短すぎると不誠実に見え、長すぎると読まれません。コメントの重さに応じて詳細度を変えます。方法論に関わる重要な指摘には詳しく根拠を添えて、軽微な表現修正には短く「修正しました」プラス修正後の文章で、同意できない指摘には理由を丁寧に、ただし冗長にならないように。本文と同じで、メリハリは返答書でも有効です。
書式と体裁の細部
書式の統一は、読みやすさに直結します。フォント、文字サイズ、行間を一貫させる。査読者の引用はイタリックやブロック引用で視覚的に区別する。セクション見出しで査読者・コメントを明示する。ページ番号と行番号は修正版に合わせる。細かいことのようですが、これができているだけで「この著者は丁寧だ」と感じてもらえます。
僕は返答書のテンプレートを一つ用意していて、そこに各案件の中身を流し込むようにしています。フォントや見出しレベルで毎回悩むのは時間の無駄なので、書式は一度決めたら使い回すのが楽です。
査読者間の矛盾を返答書で扱う
査読者Aと査読者Bで正反対の指摘が来たときは、返答書の中で両方に言及します。「査読者1からは〇〇を削るべき、査読者2からは〇〇を充実させるべきとのご指摘をいただきました。両方の視点を踏まえ、以下のようにバランスを取りました」というふうに、矛盾を明示してから自分の判断を見せる。隠そうとせず、表に出してしまったほうが、査読者にも編集者にも納得してもらえます。
判断に迷う場合は、編集者に相談する旨を返答書に記しておくのも一案です。「査読者間で意見が分かれているため、編集者のご判断を仰ぎたい点があります」と書いておけば、編集者がコメントしてくれることもあります。
提出前のチェックリスト
僕が自分の返答書を送る前に確認しているポイントが、いくつかあります。すべてのコメントに対応しているか、見落としはないか。ページ・行番号は修正版と一致しているか。感情的な文言が残っていないか。「修正しました」だけで終わっている応答がないか。修正版本体と返答書の記述が食い違っていないか。
そして最後に、一晩寝かせてから読み返す。これをやると、ほぼ必ずどこかに直したい部分が見つかります。送信ボタンは、翌朝の自分が押す。これが、僕が返答書を書くときのいちばんのルールです。