国内会議と国際会議
「まずは国内で発表して、慣れてから国際会議を目指そう」――そう言われることが多いし、実際それが成立する場面もあります。ただ、国内会議と国際会議はまったく別の経験で、単純な難易度の階段ではありません。それぞれが違う価値を持っていて、研究のフェーズや目的によって使い分けるものだと考えたほうが、発信の戦略は立てやすくなります。僕自身、修士のころから国内学会と国際会議の両方に出てきましたが、両者から得られたものはまるで別物で、どちらか一方だけだったら今の研究の輪郭はずいぶん違っていただろうな、と思います。
国内会議で得られるもの
国内会議で発表できる一番の強みは、議論の解像度が母語のぶんだけ上がる、という点です。微細なニュアンス、文化的な背景、国内の現場でしか通じない制約――こういう話題を、日本語なら遠回りせずに共有できます。「なぜこの問題が日本の現場で重要なのか」を、前提を共有しながら話せる場は、研究を社会に接続するうえで貴重で、英語の国際会議では再現が難しい類のものです。
国内会議のもうひとつの価値は、長く続く関係性が作れることです。同じコミュニティの人と毎年顔を合わせるので、年次大会でしか会わない人でも、数年単位で「あの研究どうなりました?」のやり取りが続いていく。この長期的な関係は、共同研究や指導関係に発展しやすく、研究者としてのキャリアの土台を作る資産になります。学会の懇親会でうっかり交わした一言が、五年後の共著者関係につながっていた、というのも国内学会だとしばしば起きます。
そしてフィードバックの質感も国際会議とは違います。国内の現場の制約に詳しい人が多いので、「このシステム、日本の教育現場で本当に回りますか」「実装のときに躓きそうな点は」といった、実装・運用寄りの質問が出やすい。理論としては筋が通っていても、実装では考慮が足りない部分を突いてもらえるのは、国内会議ならではの恩恵です。応用や社会実装を視野に入れた研究なら、国内会議は最強のテストベッドだと言ってもいいくらいです。
国際会議で得られるもの
国際会議に出てまず気付くのは、自分が当然だと思っていた前提が、全然当然ではないということです。文化圏が変わると、問題の切り取り方も、評価の軸も変わる。「それは日本特有の話では?」と問われる経験は、研究の普遍性を鍛えるのにじわじわ効きます。僕がはじめての国際発表で受けた質問のなかには、国内では一度も出たことのない種類のものが含まれていて、自分の研究をいかに「日本の文脈の中だけで」考えてきたかを思い知らされました。
分野のトップ会議の査読の厳しさも、国際会議ならではの経験です。採択率が10〜20%のことも珍しくなく、新規性、技術的貢献、実証の厳密性、そのすべてに高い水準が求められる査読を経ると、自分の研究の弱いところがはっきり見えます。落ちても得るものが多いという意味で、投稿そのものに価値があります。リジェクトのコメントが、国内では絶対に得られない種類の論点を含んでいたりします。
英語で話すという筋力が鍛えられるのも国際会議の効能です。英語でのアカデミック・コミュニケーションは、論文を書く力と口頭でやりとりする力で、別の筋肉を使います。質疑応答で即興で答える経験を積まないと、会議の場での英語運用能力は伸びません。非英語圏の研究者同士で「完璧でないけど通じる英語」でやりとりする経験も、これからの研究生活での資産になります。完璧な英語を待っていたら一生発表できないので、つたなくても出ていくほうが結局のところ早道です。
発表スタイルの文化差
国内で好まれる謙遜の美徳と、国際会議で期待される自己主張は、かなり違います。国内なら「本研究にはこういう限界もあります」から始めても違和感がないのに、国際会議で同じ入り方をすると、「結局この研究は何をしたの?」と最初の一分で関心を失われます。国際会議では「この研究の重要な貢献は〇〇です」から入らないと、価値が伝わらない。
どちらが正しいわけではなく、その場の期待値が違うだけです。同じ内容でも、発表の順序と強調する単語を入れ替えるだけで、受け取られ方が大きく変わります。僕自身、はじめての国際発表で国内スタイルのまま話して、「結局何が貢献なの?」と質疑で正面から問われたことがあります。あの一発で、国際会議用のリハーサルでは強調の順序を最初から作り直す習慣がつきました。
使い分けのパターン
研究のフェーズに応じて、現実的な使い分けはいくつかあります。初期・発展途上の研究なら、国内会議で議論を重ねて育てるのが向いています。完成に近い研究は、国際会議に出して厳しい査読を受ける機会にする。実装・応用の側面が中心なら国内会議で現場フィードバックを受け、理論・手法の新規性が中心なら国際会議で普遍的な評価を得にいく――こういう棲み分けです。
ただし、革新的なアイデアや国際的に注目されるテーマなら、早い段階から国際会議を目指すのも十分ありです。順序の正解はありません。「この研究は、いま誰からフィードバックをもらいたいか」で選んでいいと思います。「国内で慣れてから」というルートを律儀に守る必要はなく、自分の研究のいまの状態と、欲しいフィードバックの種類を照らし合わせて決めればいいわけです。
同じ研究を両方で出す
同じ研究でも、切り口を変えれば国内会議と国際会議で別の発表として成立することがあります。技術的な新規性は国際で、現場応用は国内で、といった棲み分けです。ただし、内容の重複や二重投稿にならない線引きは慎重にしてください。それぞれで何を新しく提供しているかを、自分の中で明確に言語化できる範囲にとどめます。少しでも怪しいと感じたら、編集者や学会事務局に確認するのが一番安全です。
英語発表の現場の工夫
英語発表では、文法の完璧さよりも「明確で聞き取りやすい」ほうが何倍も効きます。一文を短く切る、主語と動詞を最初に置く、専門用語は定義してから使う、図表で補完できる情報は言葉で繰り返さない――この四つを守るだけで、聴衆の理解度はずいぶん上がります。流暢に喋ろうとして長文を組み立てるよりも、短文で確実に届けるほうが、聴衆の側にとってはありがたいわけです。
そしてもうひとつ、文化的なコンテキストを当然視しないこと。「日本では〇〇が前提になっていて……」と明示的に補足するだけで、議論の土台が揃います。日本の研究者にとって自明な制度や慣習が、国際会議では完全に未知である、ということは思っているより多くて、ここを丁寧に橋渡しするだけで質疑の質がぐっと上がります。
ネットワーキングの肌触りの違い
国内のネットワーキングは、継続前提の深い人間関係を作る場です。懇親会や、研究以外の雑談の中で、じわじわと信頼が積み上がっていく。何年もかけて関係を温めながら、気づくと共同研究になっている、というのが典型的なパターンです。
国際会議では、短期間の濃い出会いが中心になります。その場で終わらせず、SNSやメールで繋いでおくことで、数年越しに国際共同研究の話になることもあります。特に同世代の若手研究者との関係は、キャリア全体を通じての財産になります。最初の数分の自己紹介は片言でかまいません。最初の一言を交わせるかどうかが、その後の数年を決めることがある、という前提で動くと、勇気が出やすくなります。