ポスター発表
「ポスターは作ったけど、どう説明すればいいのか」「立ち止まってもらえない」「口頭発表と何が違うのかピンとこない」――はじめてポスターセッションに立つと、たいていこのあたりで戸惑いが出てきます。3時間のあいだに数人にしか説明できず、立ちっぱなしで足だけがやけに痛くなって帰る、というのも、初回ではありがちな話です。
ポスター発表は、一枚の紙を舞台にして、立ち話の形で研究を渡す場です。口頭発表のように時間に追われることはなく、そのかわり「足を止めてもらう」ところから勝負が始まります。話しかけてくれる相手のレベルや関心はまちまちで、その場で説明を組み替える力が問われる。口頭発表のような「演出された一回」ではなく、無数の小さな対話の集合がポスターセッションです。ここではその場を活かすための作り方と立ち居振る舞いを書いていきます。
ポスター会場では何が起きているのか
遠くから見ているとわかりにくいのですが、ポスター会場で交わされるコミュニケーションは何層にも重なっています。まず最初にあるのが「3秒勝負」の層で、聴衆は遠目にタイトルと主要図を見て、面白そうかどうかを瞬時に判定します。次に「30秒の立ち話」の層があって、興味を持った人が寄ってきて、あなたの一言説明を聞きます。そこから先に進んだ人とは「数分の議論」になり、もっと深く知りたい人には手法や結果を順に説明していく。さらに同じ問題意識を持つ相手とは、「数十分の対話」が続いて今後の展望まで踏み込むことになります。
このどの層でも会話が自然に続くようにポスターと自分を設計するのが、ポスター発表のうまさだと思っています。3秒の層を突破するためのデザインと、30秒の層に応えるための一言説明と、数分の層で繰り出す手法の概略、そしてその先の議論を広げるための余白――これらを一つひとつ別物として準備しておくと、3時間が驚くほど豊かな時間になります。
遠くから伝わるデザイン
ポスターは、まず遠くから見て「何の話か」が伝わる必要があります。タイトルは大きく、結論も大きく、数メートル離れても読める文字サイズに。主要な図は1つに絞って、結果を象徴する図を1枚、真ん中付近に置く。複数の図を並列で並べると視線が散ってしまい、結局どこを見ればいいのかわからなくなります。視線の流れも設計の対象で、多くの人は左上から右下へと視線を動かすので、その順で論理が進むように配置するのが基本です。
ポスターは論文の縮約版ではない、という点を強調しておきたいです。文字を詰め込んで論文の各セクションを再現したくなる衝動はわかりますが、それは罠です。「詳しく知りたい人は著者に話しかければいい」という前提で、紙の上には結論にたどり着くのに最小限の情報だけを残すくらいでちょうどよい。話しかけてもらうための呼び水として、ポスターはあるのです。
文字情報を削り切る
初めてのポスターで段落文を貼り付けて作ってしまい、誰にも読んでもらえなかった、という失敗もよく聞く話です。遠くから見ると黒い帯にしか見えず、そばに来た人もパッと目を逸らしていく。ポスターの文字は、論文ではなくプレゼン資料に近い粒度――箇条書きと短いフレーズで十分です。本文は1.5メートルの距離から読める大きさに、1セクションの文字は視線一往復で読み切れる量に、装飾フォントは避けて視認性のあるフォントで統一する。これだけ守れば、デザインの素人でも「読み始めてもらえるポスター」は作れます。
説明は3段階で用意しておく
話しかけてくる人の持ち時間はまちまちです。会場をざっと回っているだけの人、テーマに興味があってちゃんと聞きたい人、同じ問題で苦労していて深く議論したい人――この三層に対応できるように、説明をあらかじめ三段階で用意しておくと、当日の余裕がまるで違います。
30秒バージョンでは、この研究は何で、なぜ重要で、何がわかったか、をひと息に話す。2〜3分バージョンでは、手法の要点と主要な結果まで踏み込む。それ以上の時間が取れる相手には、詳細なデータや派生研究、限界の議論まで広げていく。相手の専門や反応を見ながら、「もう少し技術寄りで話しますね」「一歩引いて問題意識から話しますね」と切り替えられると理想的です。最初に「どちらの分野のご研究ですか」と聞いてしまうのも、説明の解像度を合わせる近道です。
質問にどう応じるか
ポスターでは、口頭発表よりも踏み込んだ質問が来ます。しかも、まったく想定していなかった分野からの質問も多い。これはポスターの怖いところでもあり、面白いところでもあります。
知らない分野からの質問が来たときは、無理に答えようとせず、「その分野は勉強不足なのですが、どのあたりで応用が見えそうですか」と逆に教えてもらうのが一番です。批判的な指摘を受けたときも、「まさにその点は自分でも悩んでいて」と同じ目線で議論に入ると、相手も研究仲間モードになってくれます。面白い論点が出たら、その場で必ずメモする。立ち話の最中に出た一言が、数ヶ月後の論文の核になる、ということが本当に起こります。
ポスターの前は、双方向の議論が一番起きやすい場です。「説明する人」になりすぎず、「一緒に考える人」として立つつもりでいると、思いがけない発見があります。これはポスター発表者として上達するための、いちばん大事なマインドセットだと思います。
細部の物理的な準備が当日を支える
ポスターはデザイン勝負だと思われがちですが、実は細部の物理的な準備が効いてきます。画鋲やテープは会場にない場合もあるので予備を持っていく、名刺と要旨の紙を手元に用意しておく、詳細データはタブレットで見せられるようにしておく、立ちっぱなしで足が疲れるので履き慣れた靴で行く――こういう泥臭い準備を整えておくだけで、当日の精神的な余裕がまるで変わります。
ポスターの輸送方法も意外と重要で、丸めて筒に入れて持っていくのか、布製のポスターを折りたたんで運ぶのか、現地で印刷するのか、選択肢はいくつかあります。海外で発表するなら現地印刷の手配を学会の事務局に問い合わせておくと、当日の荷物が一気に軽くなります。こういう細かい工夫の積み重ねが、3時間立ち続けたあとの体力に効いてきます。
ネットワーキングの場としてのポスター
ポスターセッションは、学会のなかでもっとも距離が近い場です。印象に残った相手とは、その場で連絡先を交換しておくといい。「あとで懇親会に合流しましょう」と一言添えられればなおよし。研究室の枠を超えたつながりは、こういう立ち話から始まることが多くて、数年後の共著者になっていたりします。
同時に、自分のポスターの前にずっと立っているだけでなく、ほかのポスターを回る時間も自分への投資になります。優れたポスターは、デザインも、説明の順序も、質問のさばき方も、その場で観察するだけで学びになる。異分野のポスターを眺めるだけでも、自分の研究の新しい切り口が見えてきたりします。同じセッションで隣に立っている人と、終わったあとに「お互いどうでした?」と話せる関係を作っておくのもおすすめです。
オンライン・ハイブリッドの場合
オンラインやハイブリッドのポスターセッションでは、立ち話の自然さが再現しにくい分、いくつか工夫が要ります。画面共有での説明を想定して、拡大しても読める解像度で作っておく。1分程度の紹介動画をあらかじめ用意しておくと、非同期で見に来た人にも研究の輪郭が伝わります。チャットでの質問にも対応できるよう、手元で文章を打てる準備もしておくとよいでしょう。
ハイブリッド開催のときは、物理会場にいる相手とオンラインの相手の両方に配慮するのが大変ですが、「両方の相手に一度は目を向ける」ことを意識するだけで、参加者の体感はだいぶ変わります。完璧な両立は難しくても、片方だけを見ない、というルールだけでも守ってみてください。