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あとがき

未来の研究者へのメッセージ

ここまで読んでくださって、ありがとうございました。

長い本になりました。第1部から第8部までを一緒に歩いてきて、ようやくこの場所に辿り着いたという感覚が、僕のなかにもあります。あなたがこの本をどんなふうに読んでくれたのか、全部を読んでくれたのか、それとも気になる章だけ拾ってくれたのかはわかりません。それでも、最後のページまでめくってくれていること自体が、僕にとっては嬉しいことです。

なぜこの本を書いたのか

正直に言うと、この本を書き始めた動機は、自分のためでした。

研究室で学生と話していると、同じような質問を何度も受けることに気づきました。研究テーマはどう決めるのか、時間をどう使うのか、論文が書けないときはどうするのか、リジェクトをどう受け止めるのか。毎回口頭で答えていましたが、そのたびに「前も同じ話をしたな」「言い忘れたことがあったな」と感じていました。それなら一度、自分の考えをちゃんと文章にしてみよう。そう思って書き始めたのが、この本の原型です。だからこの本は、誰かに教えるための教科書というより、僕が自分の考えを整理した記録に近いものです。

書いていくうちに、単なるマニュアルには収まらないものになっていきました。研究のやり方を語ろうとすると、どうしても「どう生きるか」の話に接続してしまう。技法と心構えを切り離そうとしても、書きながら何度もうまくいかなくて、最後はもう諦めました。研究を続けるとは、ある問いを手放さずに持ち続けることで、それは人生の一部の話というより、人生そのものの話なのだと、書きながら何度も思いました。

迷いながら書いたこと

この本のなかには、僕が今も答えを持っていないことがたくさん書かれています。研究と私生活のバランスをどう取るか。競争的な学術の世界で、自分のペースを守るにはどうするか。AIが変えていくこれからの研究環境で、研究者の価値はどこにあるか。これらについて、僕はまだ途中の答えしか書けていません。

それでも書いたのは、「完成した答え」を待っていたら、この本は永遠に出せないと思ったからです。今の僕の、今の時点での、まだ揺れている答え。それを書き残しておくことにも、何かしらの価値があるのではないかと思っています。あなたがこの本のどこかで「それは違うんじゃないか」と思ったなら、それは正しい反応です。あなたの答えは、あなた自身の経験のなかで磨かれていくもので、僕の答えは参考の一つでしかありません。

それでもあなたに残しておきたいこと

迷いの多い本になりましたが、それでもこれだけは伝えておきたい、ということがいくつかあります。あとがきの締めとして、最後に短くまとめさせてください。

あなたの研究には価値があります。 派手な成果が出ていなくても、世間から注目されていなくても、自分では小さな一歩にしか見えなくても、真摯に取り組んだ研究は必ずどこかで誰かの知識の役に立ちます。華やかな発見の裏には、何万もの地道な積み重ねがあって、あなたの仕事もそのなかの一つです。その事実を、時々思い出してください。

完璧を待たなくていいです。 「もっと準備してから」「もっと読んでから」「もっと確信を持ってから」と足踏みしたくなる気持ちは、僕にもよくわかります。でも研究に「完璧な準備」はありません。不完全なまま動き出し、歩きながら考え、途中で軌道修正する。これが研究の現実の姿で、一歩を出すことで初めて次に見える景色があります。待っていても、その景色は見えません。

比べる相手は昨日の自分でいいです。 早くから成果を出す人、じっくり時間をかけて深く掘る人、途中で分野を変える人、研究を続けながら別の役割も担う人。研究者のキャリアは本当に多様で、どれも正解です。他の誰かと比較して焦る必要はありません。昨日より少し理解が深まったか、昨日より少し手が動くようになったか。その積み重ねが、あなたのペースでの成長です。

一人で抱え込まないでください。 研究は孤独な営みに見えて、実は多くの人の支えで成り立っています。指導教員、先輩、同僚、友人、家族。困ったとき、迷ったとき、落ち込んだとき、助けを求めることを躊躇しないでください。助けを求めるのは弱さの印ではなく、賢明さの印です。僕自身、何度も周りに助けられてここまで来ました。あなたにも、あなたを助けたいと思っている人が必ずいます。

健康が一番の土台です。 研究に集中しすぎて睡眠や食事や運動を後回しにすると、短期的には乗り切れても、長期的には必ず返ってきます。適度な運動、ちゃんとした食事、十分な睡眠、休息の時間。これらは研究を犠牲にするものではなく、研究の質を上げるための投資です。体と心の調子が良いときの自分のほうが、いい仕事をします。これは精神論ではなく、経験的に僕が確信していることです。

好奇心を守ってください。 技法もスキルも大事ですが、それらを支えているのは好奇心です。「なぜだろう」「どうなっているんだろう」「もしこうだったら」という素朴な問いを、制度やキャリアや業績に押し流されずに、自分のなかに残し続けてください。子どものような好奇心と、大人の分析力。両方を同時に持てる場所が、研究という営みの一番面白い部分だと、僕は思っています。

謝辞のようなもの

研究室で一緒に過ごしてきた学生たち、議論してくれた同僚、支えてくれた家族。この本の文章のなかには、その人たち一人一人との会話の断片が溶け込んでいます。この本は僕一人で書いたものではなくて、これまで関わってくれた人たちと一緒に書いたものです。

そしてもちろん、ここまで読んでくれたあなた。あなたは、この本にとって最後の共著者のような存在です。あなたが読むことで、この本は初めて完成します。

この本のどこかに、あなたの助けになる一文があったなら、書いた側として何より嬉しいです。全部を覚えておく必要はありません。困ったときに、ふと思い出して戻ってきてくれる場所として、この本が機能したら、それで十分です。

あなたの研究者としての歩みが、あなた自身にとって意味のあるものになりますように。