コラム:優秀さとは何か
研究の世界に入ると、ふと「自分は優秀なのだろうか」という問いに直面することがあります。周りの学生や研究者が次々に成果を出し、華やかに賞を取っていく姿を見ると、胸の奥にざわめきが生まれる。表に出さないだけで、多くの人が密かに抱える感情だと思います。
僕自身も例外ではありません。学部2年生の頃から自主的に研究室に通い、早くから学会発表や論文執筆の経験を積みましたが、うまく説明できなかったり、テーマの難しさに足を取られたりして、学会では博士課程を修了するまで賞をもらえない時期が続きました。発表前夜に資料を作り直し、当日は緊張で声が震え、終わったあとに先輩から細かく指摘される。そういう日々の中で、周囲の同世代が表彰されるのを見て、羨ましさや焦りを感じたことは一度や二度ではありません。「自分には研究は向いていないのかもしれない」と本気で思った時期もあります。
そんな中で出会った他大学の友人がいます。彼は、他人の研究テーマの良さや要点を見抜く力に長け、議論を通して相手の視点を引き出すことが本当に上手な人でした。発表を聞いたあとの質問が鋭く、しかも相手を追い詰めるのではなく、相手の研究を前に進めるような問いを投げる。もちろん、彼もまた多くの賞を手にしていました。その視点や議論の巧みさは僕にはないもので、今でも尊敬と羨望の気持ちを抱き続けています。
けれども時間が経つにつれ、僕自身が持つ強みも見えるようになってきました。それは「手の速さ」、つまり実験や実装をスピーディーに進める能力です。彼が言葉で議論を磨くのが得意なように、僕は手を動かして試作を作りながら考えるのが得意でした。今ではその友人とは、お互いの得意分野を補い合う関係を築けています。「自分にないものを持っている人」を見つけたときに、競争相手としてではなく、協力相手として捉え直せるかどうか。研究の世界は単なる勝ち負けではなく、こうした補完と協働によって支えられているのだと、今なら感じられます。
だからこそ、自分の得意・不得意を冷静に観察し、他者の強みを正しく尊敬し、少しずつ自分の価値や役割を育てていくことが大切だと思っています。優秀さとは一つの尺度では測れない、多様で奥行きのあるもの――そう捉え直すことで、研究という営みはぐっと豊かになるのではないでしょうか。あなたが今、誰かを羨ましく感じているとしたら、それはあなたの中にあるまだ見ぬ強みを探すための、ちょうどよい入り口でもあるのです。