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コラム:研究者の集中ゾーンとは

集中が深まったとき、「ゾーンに入る」と言うことがあります。これは比喩というより、心理学で「フロー状態」として扱われてきた現象とほぼ同じものです。課題の難易度と自分の能力が高いレベルで釣り合って、時間の感覚が曖昧になり、完全に作業に没頭する状態。他のことに気を取られず、問いを追うことそのものが純粋に楽しくなる状態です。

フローは結果であって、追いかけるものではない

ここでまず押さえておきたいのは、 フローは結果であって、最初から狙って入りに行けるものではない ということです。

「集中できないからやらない」と思っている時間は長く、たいていの場合、いつまでも集中はやってきません。逆です。 やってないから、集中できない 。Jeff Hadenの『The Motivation Myth』でも語られていることですが、やる気や集中は、行動の前にやってくるご褒美ではなく、行動を始めたあとに後からついてくる副産物なのです。

机に向かわなければ、思考は走り出しません。コードを書き始めなければ、頭はその問題のモードに入らない。論文を一文書き始めなければ、次の一文がどこから出てくるかも見えない。集中を「待つ」のではなく、 集中していない自分のまま、とりあえず始める ——これが、フローを呼び込むためのほぼ唯一の入り口だと、僕は思っています。

大事なのは「始めるための着火装置」

そう考えると、 集中するために大事なのは、フローを呼び込もうとすることではなく、始めるための摩擦をひたすら下げること だと気づきます。意志の力で集中するのではなく、始めることへのハードルを物理的に下げて、自分が始めざるをえない状態を作る、という発想です。

僕が日々の仕事で大事にしている習慣は、突き詰めると二つしかありません。

ひとつは、 いらないアプリやウィンドウを閉じて、スマホを目に入らない場所に移すこと です。

ブラウザのタブを十数個開いたまま、Slackもメーラーも通知が来る状態で、机の脇にスマホを置いておけば、集中は始まる前から砕けます。これは精神論ではなく、注意のリソースを物理的に奪われている、という構造の話です。だから、作業を始める前にいったん全部閉じる。スマホは別の机に置く。視界から外すだけで、頭がそれを「忘れて」くれます。

ふたつめは、 その状態にしてから、ポモドーロタイマーのスイッチを入れること です。

タイマーを起動するというたった一動作が、自分にとっての「ここから集中する」の合図になります。25分なり30分なり、その時間だけは、メールも他のタスクも見ない、と決める。集中していようがいまいが、関係ない。とにかくその時間は手元の作業だけに向き合う、というルールにする。

この二つの組み合わせだけで、集中の質はかなり安定します。逆に言うと、これをサボった日は、何時間机に向かっていても、ろくに進まないことが多いです。

ゾーンは贈り物として待つ

こうやって始めるための着火装置を回していると、ある日ふとフローが訪れます。気づけば三時間、四時間が経っていて、思考が勝手に次から次へと連鎖している、という状態。これは狙って手に入るものではないので、来たらラッキー、くらいに構えておくのがちょうどいい。

「今日はゾーンに入れなかった」と落ち込むくらいなら、 「たまに訪れる贈り物」として待つ ほうが、結果としては訪れやすくなります。フローを目標にすると、目標達成のプレッシャーが集中を壊してしまう、という妙な逆説があるので。

それから、ゾーンの副産物として大きいのが、深い満足感です。この満足感があるから、次の挑戦に向かう気力が湧いてくる。研究を長く続ける動力のひとつが、ここにあるのだと思います。

あなたなりの「始めるための着火装置」を、長い目で見つけてください。研究の面白さは、たぶん、始めたあとに勝手に深まっていく集中の中に、いちばん濃く宿っています。