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「研究者」になるという選択

「研究者になる」と聞いて、最初に浮かぶのはどんなイメージでしょうか。大学の教員、研究所の職員、白衣を着てラボで実験している人、毎日論文を書いている人——どれも研究者の姿のひとつです。けれど、ここで先に強調しておきたいのは、研究者であるかどうかは「職業」だけでは決まらない、ということです。研究者であるとは、何を問い、どう向き合うかという 態度や姿勢の選択 でもあります。だからこの本では、職業としての研究者像と、姿勢としての研究者像を、両方を並べて見ていきたいと思っています。

学部の卒業研究に取り組んだ瞬間から、あなたはもう「研究者」と呼ばれうる存在です。修士、博士、そして職業研究者——どの段階にいても、その核は変わりません。違うのは、求められる自律性のレベルと、引き受ける責任の重さと、関わる共同体の広がりです。この章ではまず、その制度のなかでの段階的な姿を整理します。続く研究者の人生のパスでは、制度を超えて研究者として生きるとはどういうことか、もう少し広い視野から考えます。最後のコラム:進学判断のリアルでは、進学という具体的な選択に意識的になるための話を書きました。役割分担としては、この章は「制度のなかでの研究者の段階的な姿」、次の章は「制度の外に広がる研究者という生き方」と整理してください。

学部生としての研究者

卒業研究は、大学教育のなかでもっとも研究者的な態度が問われる場です。自分でテーマを決めて、自分の問いを探し、先行研究を読んで方法を選び、結果をまとめて発表する。このひと通りの流れは、規模こそ小さいけれど、まぎれもなく研究者の基本動作そのものです。だから、たとえ一年間という短い期間であっても、学部生は十分に「小さな研究者」になれます。

このとき大事になるのが、自分のスタンスをどう設定するか、という話です。「卒業研究という授業を受講している学生」として過ごすのか、それとも「卒業研究を通して研究に取り組む駆け出しの研究者」として自覚を持つのか。表面の活動はほとんど同じに見えても、この自意識の違いが、学びの深さや成長スピードにかなり大きな差を生みます。前者は提出物を出すことがゴールになりがちですが、後者は自分の問いとどこまで誠実に向き合えたかを問い続けるようになる。

この時期に得られる最大の財産は、「問いを持つとはどういうことか」を身体感覚として理解できることです。それは今後どんな進路に進んでも、思考と行動のベースになります。具体的なメリットとしては、初めて自分の問いを持ち、仮説や根拠といった論理的な態度を実感できること、批判と対話の文化に触れて知的共同体の一員としての自覚が育つこと、そして成果は小さくても自分の問いに向き合った手応えが得られることが挙げられます。一方でチャレンジもあります。正解のない状況に慣れていないため、迷いや不安が強く出やすい。指導教員との関係性に学びが影響されやすく、自己裁量の感覚をうまく掴みにくい。これらは多くの学部生が通る難所で、決してあなたが特別不器用なわけではありません。

修士課程における研究者

修士課程に進むと、研究はもう一段専門的になります。自分の問いを先行研究のなかに位置づけ、他者にとっても意味のある問いへと整えていくプロセスが、活動の中心になります。学部の卒研では「自分が面白いと思う問い」を持てればよかったけれど、修士では「他人もその問いを面白いと思える理由」をきちんと言語化できるかどうかが問われ始める。これはなかなかしんどい転換ですが、研究者としての成長で言えば一番大きな段差のひとつです。

同時に、研究室内のゼミや学会など、知的コミュニケーションの場に積極的に参加し始める時期でもあります。自分の研究を他人に語り、批判を受け、それに応答する経験を、ある程度の頻度で積むことになる。メリットとしては、自分の研究が「社会の中の問い」と接続している実感が得られること、分野ごとの慣習や理論に精通して批判的な対話に加われるようになること、単なる知識の再生産を超えた独自性のある問いがうっすら見え始めることがあります。チャレンジは、テーマ設定の難しさ(広すぎても狭すぎても破綻しやすい)、構想・計画・執筆・修正のサイクルに耐える思考体力が必要になること、そして限られた期間のなかで成果を出さなければというプレッシャーから焦りが生まれやすいことです。

博士課程における研究者

博士課程は、研究者としての「自己設計」が本格的に始まるステージです。問いを立て、方法を選び、成果を発表し、批判を受け、再構築する——このサイクルを、自律的に回していく力が求められます。修士までは、指導教員という伴走者の比重がかなり大きいですが、博士に入ると徐々に「自分の研究を自分でドライブする」という性格が強くなっていく。これは怖さでもあり、自由でもあります。

さらに、TAやRAなどで教える立場に立つ場面や、他の人の研究にコメントする機会も増えてきます。受け取る側だけでなく、知的な支援者としての役割も同時に担うようになる、ということです。メリットとしては、研究の構造と文化を内側から理解できるようになること、独創的な研究を深め、専門分野に貢献できる可能性が現実味を帯びてくること、そして知の共同体の中で自らの立場や問いを言語化する力がつくことが挙げられます。一方でチャレンジも重い。経済的にも心理的にも孤独になりやすく、自律性と支援のバランスを自分で設計する必要がある。モチベーション管理や時間の使い方には高い自己統制が求められるし、成果主義的な競争にさらされて他者との比較で疲弊しやすい時期でもあります。博士課程の数年間は、研究者としての「腰の強さ」を作る期間ですが、同時にメンタルが揺れやすい期間でもある、というのが正直なところです。

職業としての研究者

そして職業研究者の段階。アカデミア、企業、公共研究機関などで、研究を生業として担っていくフェーズです。「研究者として生きていく」とは、単に問いを深めるだけでなく、研究資金、人材、社会との関係を設計する存在になる、ということでもあります。研究費を獲得し、後輩を指導し、組織の意思決定に関わり、社会と研究の接続点を考える——それまでの段階よりも、研究の周辺で動かす変数が一気に増えます。

同時に、教育者・管理者・実務者としての顔も増えてきて、純粋に「考える時間」をどう確保するかが、本当に重要なテーマになってくる。メリットは、専門性を軸にした生涯にわたる探究と貢献が可能になること、知の公共性に触れながら社会に影響を与える実感が得られること、学生や後進と関わることで自分の問いが更新され続けることなどです。チャレンジとしては、成果主義的な評価構造と不安定な雇用条件にさらされる場面もあること、研究以外の業務(審査、授業、事務、運営)との両立が必要になること、そして「研究を続けること」そのものが工夫と努力の対象になることが挙げられます。

四つの段階それぞれに固有のメリットとチャレンジがあり、必ずしも上の段階のほうが幸せというわけではありません。学部、修士、博士、職業——その全体に通底するのは、小さくても自分の問いを持つことが、研究者として生きる最初の一歩だという事実です。次のページでは、この制度の枠を一度外して、もう少し広い意味で「研究者として生きる」という話に進みます。